NOVEL  >>  Long Story  >>  story 01
オイスター・ホワイトと暮らす日々
第3章 諦めは心の養生 17
「おい、カー」

 何度目かも知らない不機嫌な声に、俺はいやいや振り向いた。

 崖っぷちに立ち、転がるようにアメリカまでやってきて3日。俺は今「カー」と呼ばれている。
 どうやら彼らには「筧(かけい)」という発音が難しいらしく、何度も注意している内に機嫌を損ねたメンバーたちは皆「K(カー)」と呼び始めた。俺が自分のフィルムに「K」とマーキングするのを見て思いついたらしい。

「この角度が気に食わない」

 バンド内でも特に「取り扱い注意」なのが、この我儘放題傍若無人なボーカリスト・アーシザだ。
 今も、俺の撮った写真を端から全てチェックして、一つ一つ細かな注文を付けては廃棄するよう睨んでくる。無論、こちらは頼まれて写真を撮っているのだから依頼主の注文に応えるのは当たり前ではある。が、このアーシザはほんの少しのズレも融通しないのである。このままだと写真1枚残らないだろう。

「これのどこが気に食わないんだ? 角度? 何でだよ、アンタの魅惑的な口がカッコ良く写ってんじゃないか。この角度が一番いい、」

 こちとら、崖っぷちとは言えどプロである。
 幾ら外国人であろうと人の顔を捉える自信も技術もある。より美しく魅惑的に撮る角度ってもんも自己流ながら心得ているし、そのようにアーシザも撮ったつもりだ。実際、今アーシザが取り上げている写真も事務所じゃ評判がいいのだ。それを「廃棄しろ」だ?

「とにかく気に食わない。これは捨てろ」
「!」

 あっと思う間に、大きく展ばした美しい写真はアーシザの手によって丸く握り潰されてしまった。

 これも毎度のことながら、腸が煮えくり返る。いや、胸が張り裂けそうに痛む。
 俺だってアーティストの端くれ、幾ら気に食わない男が写った写真であれど俺の「作品」だ。それを、この男はいとも簡単無表情で握り潰してしまう。最初にこんな目にあった時は、目の前の事実が信じられなくて、口を開けたまま何も言えなくなってしまったほどだ。あの時は、本気で泣くかと思った。
◇◆◇
 ふるふると震える拳をどうにかこうにか堪える。
 アーシザはバンドの「顔」だ。最初に写真を握り潰された日、俺は思わず奴に殴りかかろうとしたが、血相を変えたスタッフに体を張って止められてしまった。どうやら奴の顔には多額の「金」が積まれているらしい。俺は億万長者なんかじゃないし、あえて無茶を挑む男でもないから、怒り心頭のまま「フーフー」と怒りを殺して拳を収めるしかない。そんな俺の正面で、「ふん」とばかりに踏ん反り返るアーシザが恨めしい。

 確かに、アーシザには神がかった美しさがある。
 別に女っぽいような、俗に言う「美少年」というわけではない。大体、「少年」という年齢でもない。しかし、どこか人間を超越した美しさがあった。メディアでは「ディヴァイン・フェイス」、神から与えらし顔、と絶賛されている。俺だって、仕事を請けたときはゾクゾクっと武者震いしたものだ。

 しかししかし、このままだと俺のスキルを活かしきれない。
 何せ、この男は片っ端から俺の写真を否定して握りつぶして行くのだ。

「っ!」
「? どうした?」

 ふと目の前の男の顔が歪んで視線を上げると、アーシザの視線は彼の指に向いていた。どうやら、握り潰した写真で指を切ったらしい。





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