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明日に向かって発て!
第4章 バルーンの恋 03
2009/00/00
 ニューヨークを発ってから2週間と3日。
 僕はようやく、バルーンとの日常に慣れた。

 旅を続けて3日目に、僕は「夜のバルーン」しか知らないことに気づいた。
 バルーンとは、深夜、彼女の仕事がひけてからバーで酒をちょっと飲む程度の付き合いだった。ただ、時間に直せばそれだけのことだっただけで、勿論、バルーンとはどこか気が合うと思った。だから僕は、NYで唯一バルーンだけを信じていたし、バルーンもこうして旅の行き先を決めて、それだけでなく僕と旅をともにしてくれた。

 だけどやっぱり、バルーンはバルーンで。僕は僕で。
 僕ら二人は全く違う。

 四六時中、一緒にいれば意見も食い違うし。

 とにかく、僕は昼間のバルーンなんか考えもしなかったのだ。
 旅が始まるまでは。


「いやになっちゃうわ!! もう!!」


 バルーンはさっきからずっと、鏡に向かって悪態をつきまくっている。

 僕が運転席についてから既に2時間半。本来なら2時間交代で運転をするはずで、とっくにバルーンの番なわけで、僕は、バルーンが悪態をつく度に苛々した。


「バルーン・・・・・・いい加減にしてくれよ、」


 思わず口にすれば、バルーンはキっと怒った顔を向けて「あたしの気持ちも分からないくせに!」と悲観的に喚いた。

 確かに、僕にはバルーンの気持ちなんかわからない。
 彼女は、男の体に生まれ、女の心を育みつつ成長した。

 だから僕には分からない。
 彼女が朝、アゴの隅に薄く生えたヒゲを見つけ、それを剃るカミソリがないから・・・・・・、

『死にそう』

 ・・・・・・だなんて。

 まぁ。
 僕の彼女の顔にヒゲがこれ見よがしに生えていたら・・・・・・ちょっと笑えるけど。

 何せよ、バルーンのアゴのヒゲは「これ見よがし」なんかじゃない。
 目を皿のようにして見なければ分からない程度だ。


「とにかく、どこかドラッグストアでも見つけてよ!! 信じられないわ!! カミソリをきらすなんて!!」


 彼女は、朝からずっとこう悪態をついている。

 でも不思議なことに、これがバルーンなのだと納得している自分もいる。
 だって、女ってものは時々、下らないことに大騒ぎをするわけで。女の心を持ったバルーンが大騒ぎをするのは、まぁ当たり前かなぁと思ったりするわけだ。

 そんなことを考えながら、暫くドラッグストアなんか見当たりそうもないハイウェイを低速で走った。

 中古のHONDAは、エンジン音ばかりが大きく燃費が悪い。
 それでも、バルーンは頑として「アメリカ製よりゃマシよ」と言った。僕もそう思う。


「なぁ、バルーン。そろそろ運転が辛くなってきたんだけど?」
「嫌よ!! 気になって運転どころじゃないもの」
「じゃあ、事故って天国に行ってまでアゴヒゲを気にするかい?」


 思わずそう言い返すと、バルーンはちょっと気を害して、それでも慎重に声色を抑え「眠いの?」と聞いてくれた。

 普段汚い口を叩いてないと、こういう時に役に立つ。
 どうやらバルーンは、僕の口調の変化に気付いたようだ。


「ああ、眠いよ。退屈なハイウェイを2時間だ」
「そうよね」


 バルーンは、すまなさそうに声を吐き出したが、それでもやっぱり鏡を覗いていた。よほど気になるらしい。

 僕は何となく、おかしくなって小さく笑った。
 バルーンは、普段は何事にもしっかりしていて頼り甲斐があるのに、ことファッションが気に食わないと、一日中機嫌が悪くて子供っぽくなる。つい2、3日前も、ネイルが剥がれたと膨れっ面をしていた。


「オーケー。じゃあ、眠くならないように何か話してくれよ」


 とうとう僕が折れると、バルーンは一息ついて嬉しそうに笑った。


「ええ、いいわよ。何がいい?」
「何でもいいよ。でも、退屈しない話がいい」

「ふーん・・・・・・退屈しない話、といえば・・・・・・恋!よね」
「恋愛もの?」


 はっきり言えば、僕はラブストーリーにはあまり興味がない。
 好きな映画は、ロードムービー。

 でも・・・・・・。
 バルーンの恋愛話は確かに退屈しなさそうだ。


「OK。じゃあ、主題は『バルーンの恋』だ」
「映画にできそうね、」


 バルーンは嬉しそうに笑い、そしてゆっくりと語り始めた。
 バルーンの最初の恋は、近所に住む7歳上の男の子で、
 バルーンはその時、5歳だった。

 彼女は・・・いや、彼は、その時ですら既にもう、近所では有名な可愛い「女の子」だったそうだ。どうやら、母親の方が女の子を欲しかった所為か、バルーンに女の子の格好をさせていたらしい。きっと物凄く可愛かったに違いないと想像に易い。


「思えば、あの頃は幸せだったわ。自分が女の子だって信じて疑わなかったもの。周りも可愛いって褒めてくれたしね」


 バルーンはそううっとりと呟いた後で、指先を掠めたアゴのヒゲの感触に顔を顰めた。噴出しそうになるのを慌てて堪え、バルーンの話を催促する。





こんな感じでどうぞ。
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