目眩ましの夜。
夕方から上陸した台風が深夜を過ぎても留まっている。
月も見えない蒸し暑いその夜に、嵐の騒がしさに乗じて何者かがこっそりと足を忍び入れた。古い洋館は、歪んだ窓枠が騒々しく泣き喚き、侵入者の動きを大胆にさせる。
湿気の篭った絨毯は足音を消し、永遠に続くとも思わせる階段を上へ上へと駆け上がる。息も急き始めた頃、漸く足が止まり、美しくアールを描くマホガニーの手摺を握り締める。
「・・・・・・、」
侵入者の喉がゴクリと鳴った。
彼は(または彼女は)、自身の立てる音に驚き、そして直ぐに冷静を取り戻し、薄っすらと額に浮んだ汗を拭った。
先ほどまで急いていた体が、故意にゆっくりと廊下を歩く。
廊下にずらりとかけられた歴代当主たちの肖像画が見守る中、一歩、また一歩と、その重厚な絨毯に足跡を付けるかのように、そしてそれはまるでドロリとした泥濘を歩くように、前へと進む。
長い長い作業だった。
事は慎重に運ばねばならなかった。
月の灯りもないのに、暗闇の中に浮ぶ侵入者の目は異様な光を帯びていた。
充血のない、澄んだその目が、真剣に真剣に、一つ一つ、じっくりと確かめてゆく。
額に浮んでいた汗は、玉となってこめかみを伝い、首筋を濡らした。
「───っ!!」
その突然の不吉な鳴き声に、侵入者は悲鳴を上げかけた。
強張った首をゆっくりと上げれば、窓の外はもう既に薄っすらと明るくなっていた。
台風は過ぎ去り、残るは喧騒の後の物悲しさ。
そこに一羽の烏が朝を告げる。
その一声が上がった時、侵入者の目がふと細まった。
「───見つけた、」
息を吐くような掠れた声が、早朝の澄んだ空気の中で溶けるように響いた。
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