梅雨が明けない。
講義を終えた葛西は、大学の門を抜け鮨詰めのバスに乗り込んだ。
どうにかこうにかドア口のスペースに体を減り込ませると、隣で窮屈そうにしている女の濡れた傘が剥き出しの腕にべちゃりと張りついた。女は困った顔で「すいません」と言ったが、それに「いえ」と応える前に後ろから突っ込んでくる第二陣の乗車客に遮られた。
バスの中は不快な湿気に包まれ、曇り空の憂鬱と同じく、乗り込んだ客は皆、そんな顔をして黙り込んでいる。
今年の梅雨は中々明けない。
最早、7月中旬になる。
幾度も幾度も日本列島を危ないところで掠める台風が過ぎ去り、じめじめとした湿気を残してゆく。
嫌な感じだ。
「・・・・・・、」
嫌な感じだ。
2度同じことを思ってから、ふとその可笑しさに笑いを堪える。
葛西は父子家庭の子だ。とは言え、自分はもう大学生で二十歳を超え、バイトで生活を賄えるほどにはなっているから「子」という感じでもない。勿論、父親にとっては一生「子供」なのだが。
その父親は、忙しい公僕、刑事という職に就いている。その父親が常に呟く言葉、それが「嫌な感じだ」だ。
まだ葛西が小学生だった頃、葛西は父がそう呟くのを嫌った。そう呟くと決まって父は、1週間は楽に帰って来なくなったからだ。まだ、親という存在にべったりと甘えていたい年頃だった。ことに葛西には、生まれたその時から母親がいなかった所為か、他の子どもよりも「甘えた」だった。いつでも父にくっ付いて、話を聞いてもらいたかった。
しかし、父親は中々手強かった。全く愛情を感じなかったというわけではないが、決してそんな葛西を甘やかすこともなかった。
まだ幼い葛西に、炊事洗濯を教え込み、さらに学業面での優秀さをも要求した。
今でこそ、そんな父親に感謝している葛西だが、中学という思春期、反抗期には、大分反発もした。おかげで、刑事の父には大分バツの悪い思いをさせたであろう、補導の経歴まで作る「少々道を外れた息子」になっていた。
が、高校2年の夏。
父の言う「嫌な感じだ」の鋭い勘により事件を解決することになった一件を新聞で読んでからは、付き物が落ちたかのように反発心は消えた。丁度、卒業後は就職するか、進学するか、進路に迷っていた時期だった。
そして、進学を強く勧めてくれたのもまた父で。
今は、尊敬する人間の一人が自分の父親である。あれほど、自分が父の子であることを嫌っていたというのに、今では自分がふと繰り返す父と同じ仕草を愛しいとさえ思える。
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